童謡に限らず、音楽というものはどこかしら似たような想いであったり、経験であったり、その時々を自分にダブらせて同化できる優れたジャンルであると思います。
ですので、「うれしいひな祭り」という歌も、聞き手によってさまざまな解釈の仕方がなされます。
例えば、主人公として、雛壇を眺めている人の目線だと感じる方もいれば、いやいや、ひな祭りをお祝いしている家庭を覗き見て、微笑ましいと思っている人の目線だよ、とか、何を仰る、これは飾られている雛人形が自分達の姿を省みている目線なんだ、と、それぞれが抱くイメージや理由付けに千差万別あったとしても、何ら不自然ではありません。
ひな祭りの歌の代名詞ともいえるこの曲以外にも、お雛様や雛祭りの様子を謡われた歌はたくさんあります。
そのほとんどは童謡でありますが、ここからも女の子を対象にしたひな祭りという文化がいかに大切にされてきたのかという事を物語る、一つの事例ではないかと感じますね。
ここで、サトウハチローさんと共にこの歌を作られた河村光陽さんのお話にも少し触れたいと思います。
光陽さんは童謡作曲家として、数々の作品を作られた方で「かもめの水兵さん」はつとに有名です。
この「うれしいひな祭り」は長女の河村順子さんが歌われたという事で、大ヒット曲となりました。
その河村順子さんがこんな話をしています。「この歌を父が作曲したのだと知らない人が多く、江戸時代に歌われたわらべうたなのでは?と思っている人もいるようです」
いや、お恥ずかしいですが、私自身、今日までこの歌はまさに江戸時代からのわらべうたと信じておりました。
というのも、この光陽さんの「うれしいひなまつり」は、前奏でつづみを用い、メロディーを琴で演奏できるようにと、和楽器で、しかも分かりやすい日本音階で作られているのですから、尚更、そう思わせられるのです。
そして、驚く事にこの曲はメキシコでトリオ・ロス・パンチョス(知ってますかね?)というグループのLPに、「哀れなみなしご」という題名で収録されて、発売までされているので、メキシコ国民に愛唱されるうちに、自国の童謡かと勘違いされるほど有名な曲になっているとの事です。
こういう事実は国を問わず、本当にいい楽曲というものは共通であると改めて感じさせられます。
歌や、その歌詞というものはそれ自体がメッセージであり、そこから受ける影響は多大で、私自身、何度も勇気付けられたり、救ってもらったりしている一人なんだなぁ、と、「うれしいひな祭り」という歌詞を読み返しながら、ふと、そんな想いを抱いた次第であります。
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